香取神宮 式年神幸祭【2026】@香取市佐原・利根川土手

はじめに:36年目の記憶を追う旅

1990年の春、社会人になったばかりの私が目撃した、あの川面をゆく神秘的な船の影。長年、私の記憶の底に沈んでいたあの風景の正体を確かめたい——そう思い立ち、昨年定年退職した私は折りたたみe-bike「BESV PSF1」とともに、春の利根川土手へと向かいました。

12年に一度斎行される「香取神宮 式年神幸祭」。

あの日の記憶に引き寄せられるようにして立った佐原の土手で、私はこの地に刻まれた歴史と神話のスケール、そして水上で行われる神事に立ち会うことになりました。

1200年の「香取の海」と、現代の工場群が交錯するパノラマ

佐原市街地に近い利根川右岸の土手に立ち、はるか下流へと視線を走らせます。

佐原の利根川土手から津宮方面を望む。1200年前の「香取の海」の面影を残す水面の彼方に、鹿島臨海工業地帯の煙突群がかすむ

遠くに見える対岸の「津宮(つのみや)」には、12年に一度の大祭を心待ちにする大勢の人々が集まっているのがわかります。さらにその背後、かすむ地平線の彼方に目を凝らすと、煙を吐く煙突群と高圧電線のタワーが聳え立っていました。鹿島臨海工業地帯です。

かつて古代人が「香取の海」と呼び、神々が船で行き交った広大な水域。1200年前の東国平定神話を伝える神事の舞台の背景に、現代日本の産業を支える巨大インフラのシルエットが借景として重なります。新旧のレイヤーが同居するスケール感が、そこに広がっていました。

静かなる密使の登場と、満を持して出港する御座船

川面を凝視していると、牛ヶ鼻の影から一隻の船が滑り出してきました。

船首に掲げられた「鹿島神宮」の白い大きな幟旗(のぼりばた)が、春風にはためいています。派手な歓声もなく、広大な水面をただ淡々と、確かな存在感を放ちながら進む姿が印象的です。

やがて、対岸の津宮浜鳥居からは、香取神宮の「御座船(ござぶね)」が出港しました。

津宮を出港し牛ヶ鼻へ進む香取神宮の御座船。色鮮やかな鷁首(げきす)を掲げ、コンビナート群を背に滑り出す

船首に輝くのは、荒波を祓う水鳥の姿を模した色鮮やかな「鷁首(げきす)」。現代のコンビナート群を背に、五色幕をたなびかせて進む神話の船が、静かに川面を渡っていきます。

両の眼に焼き付けた「水上の出逢い」

香取の御座船が牛ヶ鼻近くに停泊すると、鹿島の御迎船が慎重にアプローチを開始しました。

牛ヶ鼻沖で香取の御座船(右)へ間合いを詰める鹿島の御迎船(左)。川流と風を読みながらの慎重な操船でアプローチ

川の流れと風を読みながら、船頭たちが何度も慎重に距離を詰め、アプローチをやり直します。水上ならではの手間と緊張感が伝わってきます。

そして、ついにその瞬間が訪れました。

鹿島神宮御迎祭。香取の鷁首船と鹿島の使者船が水上で寄り添うように接舷

香取の鷁首船と、鹿島の幟旗を掲げた船が、ピタリと寄り添うように接舷しました(鹿島神宮御迎祭)。

ファインダー越しではなく、自らの両の眼でそのやり取りを見届けました。広い利根川のただなかで、二つの船が静かに水上で合流するひとときでした。

おわりに:帰り道の気づきと、9月への計画

神事を終えた御座船は、佐原河川敷緑地の御上陸地点に向けて、再び静かに走り出しました。

神事を見届けた人々が佇む土手沿いを離れ、佐原河川敷緑地の御上陸地点へと進む御座船

無事に神事を見届け、愛車PSF1で帰り道を走りながら、私はひとつの事実と思い当たりました。

「1990年の4月中旬といえば、新入社員の私は研修所にいたはずだ……」

36年前に目撃したあの船の記憶は、春の香取神宮のものではなかったのです。自宅に戻って改めて調べてみると、あの日見た船の正体は、同じ2026年の9月に斎行される「鹿島神宮 式年大祭(御船祭)」であることがわかりました。

こうして、勘違いから始まった春の佐原への旅は、本当の記憶を確かめるための9月の計画へと直接繋がることになりました。

香取の神を迎えた鹿島の船、そして牛ヶ鼻での水上の交差。この4月の光景を前執として、私は9月、加藤洲(北利根川)で繰り広げられる鹿島神宮の大船団の姿を見に行くことになります。

(※9月2日公開『北利根川を遡上する大船団@鹿島神宮式年大祭【2026】』へと続きます)

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